The Who(ザ・フー)

モッズ・カルチャーを代表するバンド!

ロジャー・ダルトリー


■ロジャー・ハリー・ダルトリー(Roger Harry Daltrey CBE、1944年3月1日 - )

<生い立ち>
ダルトリーはロンドンのシェパード・ブッシュ地区に生まれる。後に同じ労働者地区の出身であったピート・タウンゼント、ジョン・エントウィッスルと共にザ・フーを結成する。幼少時から学業優秀で、アクトン郡グラマースクール在籍時にはクラスのトップであった。父親のハリーおよび母親のアイリーンは彼が大学まで進学することを望んだが、ルールを守って教師に従うと言う考えは自称「学校反逆者」であった彼の頭の中にはなかった。

彼は木片を用いて最初のギターを自作し、「ザ・デトゥアーズ」というバンドを結成した。1959年に父親がエピフォン・ギターを買い与え、彼はバンドのリード・ギタリストとなる。まもなく彼はロックンロールに熱中しすぎて学校を放校処分となる。彼は日中は板金溶接工として働き、夜は結婚式やパブ、クラブなどで演奏活動を続けた。当時のバンドのメンバーは、ダルトリーがリード・ギター、ピート・タウンゼントがリズム・ギター、ジョン・エントウィッスルがベース、ダグ・サンダンがドラム、コリン・ドーソンがリード・ヴォーカルであった。数年後にバンドはダルトリーがヴォーカル、タウンゼントがリード・ギターとなる。

バンド初期に於いてダルトリーは小柄な体格にもかかわらず、必要な場合には暴力も使いバンドのリーダーを務めた。タウンゼントによると「ロジャーはすべてを自分の思うようにした。もし彼に反対したら、普通は拳を食らったよ。(Giuliano, p. 26)」。彼はバンドの演奏する曲を、ビートルズや様々なモータウンのアーティスト、ジェームズ・ブラウン、そのほかのロック・スタンダードから選んだ。1964年にはバンド名を、タウンゼントのクラスメート、リチャード・バーンズが提案した「ザ・フー」に変更する。


ヒストリー


原形はロジャー・ダルトリーのバンド、The Detours。テレビで同じ名前のバンドが存在するのを知り、バンド名をザ・フーに改めた。

1964年、当時のマネージャー、ピート・ミーデンのアイデアでバンド名をザ・ハイ・ナンバーズに改名する。同年7月、そのバンド名義でデビュー・シングル「アイム・ザ・フェイス」を発表するが不発に終わり、ミーデンは解任される。バンドはザ・フーに戻り、翌1965年1月、デッカ系列のブランズウィック・レーベルからシングル「アイ・キャント・エクスプレイン」で再デビューした。同年11月、「マイ・ジェネレイション」の全英チャート2位のヒットによって現在までの評価を決定づける。この曲中の「年寄りになる前に死んでしまいたい」等の内容が、当時のイギリスの若者、特に労働者階級の不満を代弁したものとして、バンドは以後、同世代の代弁者的な役割を担うことになる。その後、ピート・タウンゼントはクラシックの楽曲技法をロックに取り入れ、「ロック・オペラ」と称される楽曲を発表するようになる。

1967年6月、モンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティバルに出演。

1969年8月、ウッドストック・フェスティバル及び第2回ワイト島フェスティバルに出演。

1970年8月、第3回ワイト島フェスティバルに出演。

1978年9月7日、キース・ムーンがアルコール依存症を治療する為の薬の過剰摂取により他界。同年5月25日に英シェパートン・スタジオで行われた、ザ・フーのドキュメンタリー映画『キッズ・アー・オールライト』用の演奏がオリジナルメンバーによる最後のライブ演奏となった。

ムーンの後任に元フェイセズのケニー・ジョーンズを迎え、活動を続行。1979年に入って、キーボードを担当するサポートメンバーのジョン “ラビット” バンドリックを含んだ新生ザ・フーとしてのツアーに臨むが、同年12月3日米オハイオ州シンシナティでのコンサートで開場時に観客が入場ゲートに殺到し、将棋倒しとなって11人が死亡するという悲劇が起きてしまった。同年12月28日、カンボジア難民救済コンサートに出演。

新体制においても、1981年にシングル「ユー・ベター・ユー・ベット」とアルバム『フェイス・ダンシズ』がヒットするなどある程度の成功は収めたものの、バンドとしての勢いの衰えは否めなかった。1982年にアルバム『イッツ・ハード』をリリースし、ライブバンドとしての解散ツアーを行った後、1983年には正式に解散。

1985年7月13日のライブ・エイド及び1988年2月8日の英国レコード産業協会 (BPI) 特別功労賞受賞時のライブ演奏のために単発の再結成がなされたのち、1989年に結成25周年記念ツアーが行われた。ツアーバンドとして、1985年から1986年にかけてピート・タウンゼントのライブ時に編成されたディープ・エンドという名のバックバンドが流用される形となり、ドラムを担当したサイモン・フィリップスもその中の一人であった。また、聴力障害の影響でタウンゼントは多くの曲でアコースティックギターを弾くことになり、それを補うためにセカンド・ギタリストとしてスティーヴ・ボルトンが起用される。1990年、ロックの殿堂入り。

1996年、英ハイドパークでの英チャールズ皇太子が主催するプリンス・トラスト・コンサートにおける『四重人格』全曲ライブ演奏を契機に本格的なツアー活動を再開。ドラムにリンゴ・スターの息子であるザック・スターキー、また、ギターとボーカルでピート・タウンゼントの実弟であるサイモン・タウンゼントが加入するなどツアーバンドに変更があった。1997年までツアーは続く。

1999年10月から12月にかけてiBash '99及びニール・ヤング夫妻が主催するブリッジ・スクール・ベネフィット・コンサートへの出演を含め計7回のライブを行う。ジョン“ラビット”バンドリック、ザック・スターキーを含めた5人の基本的なバンド編成に戻り、ピート・タウンゼントもほぼ全ての曲で再びエレクトリックギターを弾くようになる。2000年に北米・全英ツアー、11月27日にはロジャー・ダルトリーが支援している青少年のがんや白血病患者の支援団体であるティーンエイジ・キャンサー・トラストのためのチャリティ・コンサートが英ロイヤル・アルバート・ホールで開催され、ポール・ウェラー、オアシスのノエル・ギャラガーやパール・ジャムのエディ・ヴェダー等と競演。

2001年2月、グラミー賞特別功労賞を受賞。10月20日、アメリカ同時多発テロ事件被害者のための支援コンサートとして米マディソン・スクエア・ガーデンで行われたザ・コンサート・フォー・ニューヨーク・シティに出演。ジョン・エントウィッスルのザ・フーとしてのアメリカにおける最後のライブ演奏となる。
2006年6月17日英リーズ大学におけるザ・フーのライブ

2002年2月7日と8日の両日、英ロイヤル・アルバート・ホールでのティーンエイジ・キャンサー・トラストのためのチャリティ・コンサートに出演。ジョン・エントウィッスルのザ・フーとしてのイギリスにおける最後のライブ演奏。6月27日、北米ツアー開始前日にエントウィッスルが公演予定地の米ネバダ州ラスベガスで薬物摂取に起因する心臓発作で急死。後任にピノ・パラディーノを迎え、7月1日からツアー続行。当初から予定されていたとおり、サイモン・タウンゼントもツアーに参加。

2004年6月12日、復活版ワイト島フェスティバルに出演。7月24日および25日、横浜と大阪で開催されたロック・フェスティバル、POCARI SWEAT BLUE WAVE THE ROCK ODYSSEY 2004への出演のため初来日。

2005年7月2日、英ハイドパークで行われたLIVE 8に出演。ベースのピノ・パラディーノはジェフ・ベック、ドラムのザック・スターキーはオアシスとツアーに出ていたため、代役としてデーモン・ミンチェラとスティーブ・ホワイトがそれぞれのパートを担当。

2006年6月17日、ヨーロッパとそれに続く世界ツアーの初日として1970年以来36年ぶりに英リーズ大学でライブを行う。11月、1982年の『イッツ・ハード』以来24年ぶりのスタジオ録音フルアルバムになる『エンドレス・ワイヤー』を発表。2007年6月24日、グラストンベリー・フェスティバルのヘッドライナーとして出演。

2008年11月に二度目の来日公演が行われた。バンド単独の来日公演はこれが初であった。


マイ・ジェネレイション


■1965年 マイ・ジェネレイション - My Generation (Brunswick)

マイ・ジェネレイション(My Generation)は、1965年12月リリースのザ・フーの第1作目のアルバム。プロデューサーはキンクスなどをてがけたシェル・タルミー。

『THE WHO SINGS MY GENERATION』は米Decca盤のタイトルで、英Brunswick盤はそのまま『MY GENERATION』。

初期のモータウン、R&Bのカバーとピート作の楽曲が混在しており、この当時のバンドではデビューアルバムに含まれるオリジナル楽曲の曲数が多い方であった。


<イギリス盤 (My Generation) >
1. Out in the Street
2. I Don't Mind (James Brown)
3. The Good's Gone
4. La-La-La Lies
5. Much Too Much
6. My Generation
7. The Kids Are Alright
8. Please, Please, Please (James Brown/John Terry)
9. It's Not True
10. I'm a Man (McDaniel)
11. A Legal Matter
12. The Ox (Townshend/Moon/Entwistle/Hopkins)